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(H17年8月)
  
井上精一Lは昭和38年に入会されライオン歴42年の大先輩です。

昭和46〜47年度の久原会長時に幹事をされ、昭和51年〜52年に会長を務められましれ幹事時代は今みたいにパソコン
など便利な器物はなく、分厚いノートにぎっしりと記録を残され、そのノートを今でも大切に保管されていました。
そのノートを見ながら、懐かしそうに当時のいろんな話しを聞き、私もライオンズクラブの歴史の深さに只々感動の
一言です。
幹事時代・直方警察署から横断歩道の標識等を寄贈し、交通安全の全国表彰を受けたことが最も記憶に残っている
そうです。また、当時の新聞記事もファイリングしてあり、今や直方市のシンボルマークの一つになっている
『三羽の鳥像』も表彰の対象となったとの事でした。

会長時代は先輩から身だしなみ等、服装について厳しく指導を受けたそうで、仕事が忙しく、例会に間に合わず、ついつい
作業服のまま出席したところよく叱られだそうです。他にも叱られてぱかりで、「こんな堅苦しい所は、いつか辞めよう思い、
ポケットには常時退会届を入れていた」と懐古されます。

ある日・先輩に退会を相談すると、「まずライオンズ必携をよく読んでからにしては…」と言われ、何度も読み返し・特に
目に止まったのが『ライオンと呼ばるる人」☆事業を成功1こ導き、善良な生活を楽しみ…中略…その人生こそ
偉大なる感激そのもの…『彼こそライオンと呼ばるる人』の一節。

この言葉で「よ〜し、頑張ろう」と言う気持ちになり、今日の自分があると明言されました。
言い変えれば井上精一Lが居られるから今の直方ライオンズクラブがあると言っても過言ではないと思います。
井上精一Lの更なるこ活躍を祈念いたします。

                                               (取材 松持允裕・中尾佳徳) 
                 
 
   直方警察署長より久原会長への表彰状授与        昭和46年当時の毎日新聞筑豊版スクラップ