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L石山は平成6年に入会され同9年〜10年に幹事、そして10年〜11年に最後の第三副会長に
就任され、当然のことですが翌年から第二副会長、第一副会長をされ13年〜14年には
第44代会長となる予定でしたが体調不良のため、第一副会長を二度経験され、実に6年間
連続で直方クラブの中枢を担ってこられたライオンです。
会長就任前、幹事を引き受けて頂ける方が決まらず、苦慮していた所、『幹事が決まらない
なら俺がやろうか?』とし松持に言って頂き、L松持の川筋気質に非常に感謝されていました。
L石山とL松持は同級生であり、同世代の素晴らしさではないでしょうか。
会長時は45周年で周年行事など大変でしたが、方針として「自粛した45周年』にすると決め、
周年式典も他クラブ等の招待も今までの慣習にとらわれず、必要最小限とし式典の
プロトコールも簡素化し雛壇も廃止したとの事です。
その後、未招待のクラブから若干のクレームはあったものの、今後も式典等々は形式に
捉われず直方クラブならではの思い出に残るような催しをした方がいいのではないかとの
意見でした。
ご自宅には数々の皆勤賞等の楯が所狭しと並んでおり、ライオンズクラブでの功績の
大きさの象徴ではないでしょうか?
L石山には今後も健康に留意され、直方クラブの改革の旗手として活躍され
ることを祈念します。
(取材 松持允裕・中尾佳徳) |
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