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入会3年目に入るL冨田は満面の笑顔で私たちを迎えてくれた。もうすぐ53才である。
若松に生まれ水巻中学校を卒業後、トヨタの修理部で働き、後にトヨタカローラ博多では営業マンとして販売に
携わり、平成4年に直方で自動車修理工場に勤め8年に独立することになる。独立の契機は長男の誕生であった。
子どもに何かを残してやりたい。決意して建てた自宅に隣接する工場は自分自身の手によるものだったという。
工場の中は綺麗に清掃され整理整頓されていた。「お客様の大切な車を預かっての仕事だから、統麗にするんです」と…。
今の工場が手狭になり、隣の土地も購入済みとか。いずれは建て替えて移りたいとの夢を持つ、また自分で
建てるのかと質問したら「まさか…」と大笑い。ファミリーは奥様、長女(東京の専門学校)、長男(中学生)、
次女(幼稚園5才)の5人家族。次女が生まれた時はL.冨田は47才。早い人は孫が生まれてもおかしくない歳で
ある。彼女がお嫁に行こうかと言う頃はもう70才に手が届いているかもしれない。それまで彼はガンバルマンと
して現役で居続けることであろう。
彼の唯一の趣味は海釣りである。見せてもらった釣り新聞の写真入りの記事にはアラ85a、9.3sを仕留めた
L.冨田の雄姿が…。工場内にもたくさんの魚拓が掲げてあった。仕事と魚釣りの人生を語る顔は子どもが
目を輝かせながら釣った魚の自慢をするように、いつまでも魚の話は尽きなかった。
ライオンズクラブの活動としては釣りに行く日が例会と重なり、大変にすまないと思っている…と。
これから時間に余裕が出来たらクラブに貢献をしたいとも言っていた。この道一筋の男は今まで精一杯頑張って
きた顔を崩しながら、これからも頑張っていくのだと…。金太郎飴のようにどこを切ってもガンバルマンの
顔が出てくる鈑金屋のオヤジであった。最後に、大物が釣れたらクラブの皆様に振舞うと約束。釣れた魚を
アテに美酒に酔える日が近いのでは?…。
(取材: 金子千代)
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